『鏡写し』





若干ふらついた足取りでハルバードの前に降り立つ。
ここを離れたのは実質4日程だが、酷く久しぶりに戻った気がした。
だが短い期間にせよ、今回自分は部下に一方的に目的を告げただけで単独で飛び出している。
アックス辺りに小言を言われるかもしれないなと思いつつ歩みを進めると、誰かにマントを引っ張られた。
「…?シャドーか?」
薄暗くなった中ではその黒い体を視認するのに時間がかかった。
そして、その姿を認めると同時に驚く。
「…何があった。」
ダークマインドがカービィに倒されたのはつい数刻前の話だ。
鏡の国を離れる時に最後に見たシャドーは、少し複雑そうな顔をしながらも確かにその表情は明るかった。
そのシャドーが、今はぐちゃぐちゃになった泣き顔でメタナイトのマントを掴んでいる。
「―。」
シャドーが口を開く。
だが、その口から声が出ることはない。
「−、―!!」
声が出ない事など本人が一番よく解っているだろうに、シャドーは必死に口を動かす。
その手は、縋るようにマントを握りしめたままだ。
「…シャドー?」



















何で。



何で自分は、こんな大切な事も伝えられないんだ。



「―!――!!」
必死に声を出そうと口を動かしても、この口は声どころか何の音も発してくれない。
こうしてる間にもダークは消えちゃうかも知れないのに。
死んじゃうかもしれないのに。
ダークを助ける方法は判ってる。
なのに何で、自分にはそれを伝える術がないんだ。
「――!!」
ぼろり、と涙がまた溢れ出す。
何で、何で何で。
「落ち着け。今、紙とペンを」
声が欲しい。
そもそも何で僕には声が無いんだ。
弱いから?
出来損ないだから?
それとも、

僕が影だから?











ビシッ











紙とペンを取りに行こうとシャドーに背を向けた瞬間、背後でガラスが軋むような音が響く。
振り返ると、マントを掴むシャドーの顔に、一筋の長い罅が入っていた。
「なっ…!」
そんな罅など意にも介さずに、シャドーはひたすらに無音の叫びを上げ続けた。
その叫びに呼応するかのように、罅は音を立てて広がっていく。
「っ落ち着け!!」
半狂乱に近い状態のシャドーの肩を掴む。
互いの距離が近付いたことで、シャドーの手がマントからメタナイトの肩へと移動した。
「―……ぅ…。」
途端、絞り出すように放たれたか細い声。
「だー、く……きえ…ちゃ……。」


たすけて


最後に口の動きだけでそう言うと、シャドーの手から力が抜ける。
傾くその体を慌てて支えるが、 支えた体には無数の罅が刻まれたままだ。
「…消える…?」
メタナイトは暗くなった空を仰ぎ見る。
暫く考えた後、小さく音を響かせて羽根を開いた。



















「…状況を説明しろ。」
シャドーを抱えて鏡の国に向かうと、そこには半身以上を失ったダークメタナイトの姿があった。
その体の欠け方は、ガラスが崩壊するような無機質なものだ。
その姿を無感動に見る自分と、こちらを睨むダークメタナイトの目が合う。
「…見たままだ。ダークマインドが倒れたから俺が消えかけている。それより、お前こそ説明しろ。」
ダークメタナイトの目が、傍に抱えるシャドーへと移った。
「お前がここに来た経緯には大方の想像がつく。だが、何故そいつが消えかけているんだ。」
抱えるシャドーの体には、ダークメタナイト同様に無機質な罅が入っている。
程度は違えども、その症状はダークメタナイトと同じものに思えた。
「…?貴様と同じ理由ではないのか?」
だから、ダークメタナイトが自分達の姿を認めた時の反応に違和感を感じた。
自分には忌々しそうな目を向けたのに、シャドーに気づいた瞬間僅かに目を見開いたのだ。
「違う。そいつが俺と同じ理由で消える道理はない。」
尚も崩壊を続ける体を無理矢理に起こして、ダークメタナイトは続ける。
「俺が今こうなっているのはダークマインドに依存したからだ。生まれてすぐにヤツから独立したこいつが、俺と同じ影響を受ける筈がない。」
「現に、さっきまでそいつはピンピンしていた」と付け足し、ダークメタナイトは再びシャドーに視線を向けた。
その目に先程のような動揺は見えない。
「…もう一度聞くぞ。こいつは、お前の所に行った後で、何をした。」
一語一語、淡々としながらもはっきりとした口調で、ダークメタナイトは問う。
その目と言葉に圧されるようにして記憶を辿った。
シャドーの泣き顔。
必死に何かを伝えようと動く口。
走る罅。
尚も叫びを止めないシャドー。

―-たすけて

「…?」
おかしい。
以前、シャドーは自分は喋ることが出来ないと伝えてきた筈だ。
ならあの時発したあの声は何だ。
あの、消えるようにか細かった叫びは。
「シャドーは、喋ることが出来るのか?」
確認するようにダークメタナイトに問う。
「…喋ったのか?」
鳴りを潜めていたダークメタナイトの動揺が、再び表へと晒された。



















声を出した?

あの英雄の影である筈の、こいつが?

「シャドーにこの罅が広がった時、私は確かにシャドーの声を聞いた。それが何か関係しているのか?」

「…無関係ではないな。」

あいつは、自分にとってそれがどういう事か解らなかったというのか

…どこまで間抜けだったんだ、この餓鬼は

「その馬鹿は、今更になって俺と同じことをしたらしい。」
無様に消えゆくこの様を目の当たりにして、あいつはそれを思い知っただろうに。
「そいつに声が無かったのは、それがこいつの『影』としての正しい在り方だったからだ。」
影は所詮影でしかないと、お前は解っていただろう。
「こいつはオリジナルを、『影』としての自分を拒絶した。」
オリジナルに剣を向けた自分と同じように、こいつは事実に背を向けた。
本当に、今更だ。
「…。」
自分がオリジナルを拒絶した理由は日陰者という自分の立場が面白くなかったからだった。
なら、こいつが拒絶を選んだ理由は何だ。
こいつが自身の意義を否定してまで得ようとしたものは、何だ。
…胸糞悪い。
自然と舌打ちが出た。



















「…俺は、お前の影だ。」
ぽつりとダークメタナイトが言葉を吐き出す。
それはこちらに向けた言葉というより、自身に言い聞かせてるように思えた。
「俺の名を呼べメタナイト。」
ぱき、と崩壊を続けているダークメタナイトの体が音を立てる。
「俺を、許容しろ。」
自分と同じ金の瞳と、真っ向から目が合った。 「…許容?」
言葉の意味が上手く汲み取れずにいる自分を前に、ダークメタナイトはただ淡々と続けた。
「俺がお前に剣を向けることでお前を拒絶した。同じように、お前は俺を自分の分身だとは認めていないだろう。」

「今まではダークマインドがその道理をねじ曲げていたが、本来ならそんな状態はあり得ないものだ。」

そこでダークメタナイトは一度口を閉じる。
数瞬の沈黙の後に再び口を開いたその口調は、酷く静かなものだった。
「影は、所詮影だ。」


どれ程に嫌おうと


どれ程に背を向けようと


「元になるものがなければ、影は出来ない。」

言葉を吐き続けるダークメタナイトの表情は、仮面に阻まれて解らない。
「俺はお前の影であることを認めよう。だからお前も、俺がお前の影であることを認めろ。」
周囲にガラスの砕けるような軽い音が響く。
無機質な静寂は、ただただその場に佇んだ。
「…。」
ぱきり、と再び小さく音が響いた。
「…いいだろう。」
その静寂に自分の声が沈み込む。
欠けて隻眼となった目は、相変わらずこちらを見据えたままだ。
「お前は、私の影だ。ダークメタナイト。」
隻眼が、微かに細められた気がした。
ピシッ。
「っ!?」
今までとは質の違う音がした。
ダークメタナイトの目に、腕に、足に、残されていた全ての部分に、罅が走っている。
「っ…待て!」
そして、一際甲高い音をたててそれらは一気に砕け散った。
目の前で舞う破片を浴びながら自分は呆然と立ち尽くす。
消滅した?
どうして?
舞う破片は、地面に触れると溶けるようにして消えていった。
「…消える為に名を呼ばせたのか、貴様は。」
「そうだったら楽なんだがな。」
背後からの突然の声に驚く。
動揺をそのままに振り向くと、今しがた爆ぜたばかりの姿がそこにあった。
ただその姿はどこも欠けてはいなく、罅も見当たらない。
「…驚かせるな。」
「この程度で驚くほど胆が小さいのかお前は。それより、そいつを起こせ。」
先程まで欠けて消滅していた筈の左腕を上げ、ダークメタナイトはシャドーを指差した。



















メタナイトがシャドーを揺り起こす。
ゆっくりと、シャドーが目を開けた。
「…起きろ。」
寝起きのようにぼんやりとしているシャドーを覗き込む。
その目はやはり呆けていたが、数回瞬きをすると状況を把握したのか目が見開かれた。
「お前はヤツの影だろう。下らない事をするな。」
「―ッ!」
目を見開いた状態で数瞬固まった後、シャドーが抱きついてくる。
その口からは、声は出ていない。
「…離れろ、鬱陶しい。」
その丸い体をそのままメタナイトの方に押し遣った。
シャドーの体に残る罅を一瞥し、口を開く。
「そいつの罅が消えないようなら、オリジナルのところに連れていけ。後はそいつが勝手にやるだろう。」
シャドーの場合はこいつが勝手にオリジナルを拒絶しただけだ。
自分のように面倒な手順を踏まずとも、こいつ自身が整理をつければ問題はない。
何よりシャドーは再び声を失っていた。
こいつの拒絶は、一時的なものだろう。
「…。」
一時的な、と考えた辺りで自分が急激に冷めていくのを感じた。
「…事は済んだな?」
念を押すように言った後、メタナイト達に背を向ける。
歩き出す自分の背後で、シャドーが戸惑う気配を感じた。
…何だ。
「待て、―。」
メタナイトが呼び止める声を聞き流す。
そうだ。
自分の名はダークメタナイトだ。
だが何故こんなに違和感なくこの名を受け入れているんだ、自分は。










影としての生き様など、鼻で笑い飛ばしていた筈なのに







あの時自分は確かに消滅を受け入れていた筈なのに







何故自分は、消滅ではなく尚として存在することを選んだのか








「…ちっ。」










本当に、胸糞の悪い



















END











あばばばばば視点がころころ変わりまくっててごめんなさい…!
とりあえず大量改行が入ってる部分は主観転換点だと思ってくださいorz
ていうか大量の主観変更以前に解りづらい内容ですいません…書きたい物書いたら話が変な方向に行きました。
ダ、ダメタはツンデレだよ!!


・シャドーに声が無い理由
うちのカビは自分の弱音をどこまでも隠そうとするタイプなので、自分の内面に何重も鍵掛けてる感じです。
で、うちでは影≒オリジナルの深層心理なので、間接的に鍵を掛けられてるシャドーは自分の胸の内を語る最たる手段である「喋る」事が出来ないというか。